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東京高等裁判所 平成2年(行コ)145号 判決

控訴人(原告) 医療法人社団亮正会

被控訴人(被告) 中央労働委員会

被控訴人 補助参加人 総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、補助参加によって生じたものを含め、すべて控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人を再審査申立人、被控訴人補助参加人両名を再審査被申立人とする中労委昭和五八年(不再)第四一号事件について、昭和六二年四月一日付けをもってした命令中、控訴人の再審査申立てを棄却した部分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人との間に生じた分は被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人補助参加人両名との間に生じた分は同補助参加人らの負担とする。

(被控訴人)

控訴棄却

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決一六頁七行目の「二名づつ」とあるのを「二名ずつ」と改め、同一七頁八行目の「部分、及び、」から同一〇行目の「ある部分は、いずれも」までを「部分は」と改める。)。

(控訴人)

1  昭和五七年冬期一時金の交渉経緯(同年一一月二五日から一二月七日まで)について

労使交渉において、組合が自らの要求事項を明確にすることは最低限の義務であり、しかも一挙手一投足のことがらに属する。本件において、被控訴人補助参加人総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会(以下「補助参加人分会」という。)が控訴人に対してした昭和五七年冬期一時金の要求額は、年間一時金要求額六か月分から夏期一時金妥結分二・四五三か月プラス一〇〇〇円を引算したものであるというのであって、これは、世間一般の労使関係はもとより補助参加人分会との労使関係においても前例のないやり方であり、補助参加人分会としては、信義則上、交渉相手の控訴人に対しこれをさらに明確化することが求められるのである。ところが、補助参加人分会は、控訴人が算定の仕方についてわからないことを了知しながら、前例のない引算を控訴人に強い、自らはそれ以上の説明を加えず、その要求事項の明確化を怠っていたのであって、その対応は不信義きわまりない。他方、控訴人は、少なくとも書面による交渉は十分尽くしており、増元総務部長(以下「増元部長」という。)による事務折衝も十分行っているのに、補助参加人分会は要求事項を明確にしなかったのであるから、控訴人の団体交渉義務は十二分に尽くされたというべきである。

2  三六協定の提案等に関連する交渉経緯(昭和五七年一二月八日以降)及び一二月一八日の非組合員に対する冬期一時金の支給について

一二月一一日の団体交渉において、控訴人と補助参加人分会が三六協定を切り離して別途話し合うことを合意したことはなく、このことは、一二月一三日付け組合ニュース(乙第二一号証の二)に控訴人の右譲歩について一言も触れてないことによって明らかである。また、冬期一時金の支給対象者の範囲の問題については、控訴人は、一二月一一日の団体交渉では、これを従来どおり一一月一五日在籍者とする点で確かに譲歩したが、次年度からは支給日在籍者とすることを明確にし、一四日の団体交渉でも、これを主張した。このように一一日の団体交渉と一四日の団体交渉とを通じ、控訴人の態度は一貫していたのである。ところが、補助参加人分会は、一一日の団体交渉で支給対象者の問題で控訴人の譲歩を得たため、控訴人は三六協定についても同様に譲歩するであろうと読み誤り、一四日の団体交渉に臨んだものであり、翌一五日付けの組合ニュースに「一二月一一日の団交でも、この問題については別途団交で話し合いましょうといってわかれた」との記述(乙第二三号証)があることは、一一日の団体交渉で控訴人が三六協定について譲歩したことの証拠にはなり得ない。

3  指名ストライキに対する「警告並びに通告書」の正当性について

前記のとおり、補助参加人分会の冬期一時金の要求は、額の算定が不能であって、信義に反するものであり、控訴人の団体交渉の拒否は正当であったが、控訴人は、補助参加人分会の不当な対応にもかかわらず、同年一二月三日付けの「申入書」により、同月八日に控訴人案を提示することを伝え、さらに同月六日には、口頭で「提示は団交で、早ければ、一二月七日に提示できるかも知れない」ことを伝えた。このような状況において、組合としては、使用者が事前に団体交渉を拒否し、あるいは要求事項が団体交渉を待てないほど緊急を要する場合を除き、まずその要求事項について団体交渉を尽くした上で初めて、争議行為に出るべきである。ところが、本件の指名ストライキは、使用者である控訴人に対する不当な抗議を目的とし、控訴人の提示を待たず、団体交渉を経ることもせずに、しかも事前通告もなく抜打ち的にされたもので、ストライキ権を濫用した違法ストライキである。したがって、控訴人が補助参加人分会及び右ストライキに参加した組合員に対して一二月七日付け「警告並びに通告書」を交付したことは正当であり、不当労働行為を構成するものではない。

4  文書交付命令(神労委初審命令第一項)部分の違憲性

神労委初審命令は、その第一項において、控訴人に対し、補助参加人分会の組合員全員に「誠に申し訳ありません」との語句を含む文書を交付するよう命じている。しかしながら、謝罪という行為は、倫理的な判断、感情ないし意思の発露であって、本質的、本来的に外部からの強制に適しないものであり、このような本質のゆえに法的強制は許されないものである。控訴人は、前述のとおり、右警告書交付の正当性を確信しており、その交付をもって不当労働行為とする労働委員会の見解を自らの見解として表明するよう強制されるいわれはない。それにもかかわらず、右警告書の交付が正当であるとの自己の確信、思想を否定し、これと対立する国家(労働委員会)の思想、見解の受容を強制するのであれば、沈黙の自由を侵害し、特定の思想を強制することとなり、憲法一九条違反として許されない。

この点に関し、最高裁昭和三一年七月四日大法廷判決(民集一〇巻七号七八五頁)が、民法七二三条所定の謝罪広告を命じることは憲法一九条に違反しない旨判示しているが、本件のような謝罪文の交付においては代替執行が予定されておらず、違反に対しては過料・刑罰の威嚇をもって強制されるのであって、事案の性質が質的に異なるから、右判決を本件に類推するべきではない。また、最高裁平成二年三月六日判決(判例タイムズ七三四号一〇三頁)は、「当社団は、ここに深く反省するとともに、今後再びかかる行為を繰り返さないことを誓約します。」という内容のポストノーティスについて、「深く反省する」とか「誓約します」とかの文言は「同種行為を繰り返さない旨の約束文言を強調する意味を有するにすぎない」ので、違憲の主張はその前提を欠くとして斥けたが、本件の文書交付命令によれば、そのような約束文言はなく、単に陳謝を命じているにすぎないから、右判決を類推して違憲の主張を排斥することは許されない。

5  伊奈副院長の発言について

伊奈副院長発言の真相は同副院長の陳述書(乙第七二号証の二)に明らかであり、なんら不当労働行為を構成するものではない。

6  杉本問題について

控訴人の就業規則によれば、従業員が停年に達したときは当然に退職するものと定められており(第四七条三号)、なんらの意思表示も必要としない。したがって、一定の時期が到来するとともに控訴人との雇用関係は完全に終了し、以後不利益取扱いや、不利益取扱いを介した支配介入の問題が発生する余地はない。また、従業員の採用に関しては使用者に完全な裁量権が認められている(最高裁昭和四八年一二月一二日判決・民集二七巻一一号一五三六頁)から、採用の面で不当労働行為制度が適用されることはあり得ない。

(被控訴人補助参加人ら)

1  冬期一時金の交渉経緯について

昭和五七年冬期一時金についての要求が引算形式になったのは、それまでの年間要求についての労使間のやりとりの結果である。すなわち、前年に控訴人から年間の一時金について交渉しようという話があったので、昭和五七年五月補助参加人分会が年間一時金の要求を出したが、控訴人の抵抗に会い、夏期一時金についてのみ合意された。その後、補助参加人分会は要求の残額である冬期一時金についての団体交渉を申し入れ、その際、年間一時金要求額から既に支給された夏期一時金を差し引いたものが要求額であるとしたのであり、このことは、控訴人の交渉窓口である増元部長にも説明されていたのに、控訴人は説明を受けなかったと主張しており、これは不誠実きわまる態度である。

この点につき控訴人に疑問があったならば、事務折衝においてでも団体交渉においてでも、容易に確認できたのに、控訴人はその「一挙手一投足」をしないのみか、かえって補助参加人分会の言葉じりをとらえ、その要求は解決済みでもはや存在しないと主張して、団体交渉を拒否したのであり、このようにことさらに団体交渉を行わず、冬期一時金の支払いを遅らせることによって補助参加人分会を弱体化しようとしていたことは明らかで、本件後も、一時金支給の機会を利用した不当労働行為が繰り返され、多数の救済命令が出されたのである。

2  三六協定の提案等の交渉経緯について

三六協定は、本来労働基準法により禁止されている行為を労働者多数の意思により合法化する制度であり、労働者の自由意思によって結ばれる必要がある。他方、一時金支給はこれと全く別の問題であり、一時金の支給は当然のことであるから、このように性質の異なる三六協定の締結を一時金支給の条件とすること自体違法である。そして、控訴人が三六協定の締結を一時金支給の条件だと主張し続けたとするなら、補助参加人分会が承諾できないことを見越して不当な回答に固執したこととなり、より悪質な行為だということになる。

3  指名ストライキに関する警告書について

本件指名ストライキは抜打ち的なものではなく、病院の保安状況について関心をもたない控訴人のもとで、補助参加人分会が最大限の配慮をして行ったものであり、違法性は全くない。

4  文書交付命令について

我が国においては謝罪広告が許容されており、また謝罪広告については、内心の意思の表明ではなく、原状回復措置であるとの社会的理解が成立している。そして、不当労働行為が使用者のやり得になるという事態を防ぐために、ポストノーティスは重要な意味をもっている。本件は、その後次々と行われた不当労働行為の最初のものであり、きわめて悪質な意図のもとにされたのであって、本件において交付を命じられた文書の内容は、原状回復のための措置として当然である。

5  杉本問題について

停年退職の場合でなくとも、例えば期間の定めのある労働契約における雇止めについても救済が命じられていることからして、控訴人の主張は理由がなく、また引用の最高裁判決は本件に適さないものである。また、本件においては、停年後も継続して雇用される慣行があるにもかかわらず、これを無視して雇止めがされたものである。

三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決三九頁二、三行目の「医師を除き約三三〇名」を「非常勤の医師を除き約三三五名」と改め、同四六頁末行目の「交付したが、」から四七頁八行目の末尾までを次のとおり改める。

「交付し、同月三〇日には、同月二四日に妥結したとおり夏期一時金を支給した。補助参加人分会が右協定書に調印、返却しないので、増元部長は、同年七月初め頃、同分会に対し調印をするよう促したが、同分会は、同月三〇日の団体交渉において、控訴人の加藤事務局長が四月二四日の団体交渉の際、過去、現在、未来にわたり不当労働行為はしない旨社団ニュースに掲載すると約束したにもかかわらず、右協定書には右約束に関する記載がないので調印できないと説明した。同分会は、その後の団体交渉において、控訴人に抗議し、加藤事務局長の当事者能力を問題にした。これに対して控訴人は、同年八月二〇日に文書で社団ニュースへの掲載を拒否する意向を明らかにし、以後は右協定書の調印を督促しなかった。」

2  同五〇頁末行の「同月二〇日」を「一一月二〇日」と改め、同五四頁六行目の「一二月三日、原告は、補助参加人分会に対し、」を「控訴人は、後記四1(一)のとおり、一二月二日頃、神労委から電話で、補助参加人分会が労働関係調整法三七条一項に基づく争議行為の予告をし、一二月六日からストライキが可能である旨の連絡を受け、翌三日、同分会に対し、」と改め、同五八頁七、八行目の「三六協定の締結が前提条件となっていること」を「控訴人が既に同分会に渡してあった一〇月一六日付け三六協定案による同協定の即時締結を求めたこと」と改め、同五九頁末行の「提示したため」を「提示して、これによる同協定の締結が冬期一時金支給の前提条件であるとしたため」と改める。

3  同六六頁一行の「認められること」の次に「、また、増元部長は、原審の証人尋問において、一一月二〇日頃の事務折衝の際、補助参加人分会に対し、年間要求の六か月から二・四五三か月十一〇〇〇円を引算するということはわかるが、その計算は分会側で行い、小数点以下までを明確な数字として要求すべきである旨述べたと供述していること」を加え、同六八頁九行目から一〇行目へかけての「夏期一時金の部分が妥結したのみで、」を「六月の団体交渉の過程において、補助参加人分会が当初の年間一時金についての交渉を断念して、当面の夏期一時金のみについて交渉することに方針を変更し、その結果、同月二四日に夏期一時金についての交渉が妥結したのであって、」と改め、同七二頁五行目の「同分会が」から同七行目の末尾までを「同分会は、冬期一時金要求の前提として、年間の一時金の総額が六か月分となるべきであるとの主張は維持していたけれども、年間の一時金総額を一度に交渉し、妥結するという方式を主張していたわけではなく、一一月一五日以降要求していたものが冬期(年末)一時金であったことは明らかである。」と改める。

4  同七四頁一〇行目の「原告は、一二月八日の団体交渉で、」を「控訴人は、一二月二日頃神労委からの連絡によって、補助参加人分会が同月六日以降ストライキが可能な状態となったことを知り、翌三日、冬期一時金の提示を同月八日に行うことを通告し、同月七日、初めて団体交渉に応ずる態度を示したのであり、同月八日の最初の団体交渉では、」と改め、同七五頁四行目の「同月一一日」を「一二月一一日」と改め、同七八頁三行目の「しかしながら、」の次に次のとおり加える。

「三六協定の締結については、控訴人側が一二月八日の団体交渉の席上交付した同日付けの「本年度年末賞与について」と題する文書(前掲乙第六八号証)には「すでに手交済の協定(案)について、締結されるよう申し入れます。」とあるのみで、控訴人は当初、同時締結をお願いするという姿勢であった。同月一一日の団体交渉の席上でも、控訴人は冬期一時金の支給と同時にこれを締結するよう求めたが、補助参加人分会は、三六協定問題は冬期一時金問題とは性質が異なるものであり、控訴人案の内容は既に職場の実態と合わなくなっているので、三六協定については別に交渉の場を設ける必要があるとして反対し、両者の応酬の結果、冬期一時金問題とは切り離して、更に別途話し合うこととなった。ところが、同月一四日の団体交渉の席上、控訴人は再び三六協定の即時締結を求め、「組合は本年度年末賞与の支給に際し、時間外勤務及び休日勤務に関しすでに手交済の昭和五七年一〇月一六日よりの協定文(案)について、即日締結する。」と付記された一二月一四日付けの冬期(年末)一時金に関する協定書案(前掲乙第四七号証)への調印を求めたのであり、これを前記認定の事実と併せ考えると、控訴人は、一二月一一日の段階では、冬期一時金交渉と三六協定の同時締結をいったんは主張したものの同分会の反対に逢い、妥協する態度を示したが、同月一四日の団体交渉では、右三六協定の締結が冬期一時金支給の条件であり、補助参加人分会が協定の即時締結に応じない限り冬期一時金の支給に応じないとの態度を明らかにしたものと認められる。更に、」

5  同八三頁二行目の「証人江幡百合子の証言及び」を「証人江幡百合子の証言によって原本の存在と成立が認められる丙第九号証の一ないし六及び証人江幡百合子の証言並びに」と改め、同四行目の「一二月一日」を「一二月二日頃」と改め、同八五頁一行目から五行目の末尾までを次のとおり改める。

「また、本件指名ストの参加者は、眼科・小児科の外来(二名)、病棟(四名)、中央処置室、透析室、検査室、理学療法科、健康管理科、中央調剤薬局、医事課、経理課、機械室(各一名)等に勤務し、また給食作業(七名)に従事していた。これらの指名スト参加者のうち、一二月六日午前中にストに入る組合員については、朝の始業時に補助参加人分会名義の文書によって、その氏名と各罷業時間が控訴人に通告され、病棟及び中央処置室の深夜勤務の看護婦四名については、指名スト突入の約一時間前に、執行委員長の大渕(当時)百合子自身が、病棟の当直婦長に対し、前同様文書によって指名ストを行う組合員の氏名とその罷業時間を通告した。しかし、同日の午後又は夜間にストライキに入った病棟看護婦一名、中央調剤薬局の薬剤師一名及び給食係の六名については、ストライキに入って後にその旨通告がされた。また、参加者らは指名ストに入る直前、各自職場の上長或は責任者に対して口頭でその旨通告するものとされていたが、実際に全員がこれを履行したことの確証はない。」

6  同八八頁九行目の「前掲乙第五二号証」から同八九頁一行目の「ほかはない。」までを「前掲乙第五二号証、第一四〇号証、第一五四号証、第一六〇号証、丙第九号証の一ないし五、証人江幡百合子の証言に照らして採用することができない。なお、指名ストに参加した各組合員のうち誰が、何時頃誰に対して通告したのかについては必ずしも明らかでないが、前記(二)のとおり、補助参加人分会名義の文書により指名ストに入るべき、又は入った組合員の氏名と罷業時間を通告したことが認められるので、個々の組合員による通告の状況までも確かめる必要はないというべきである。」と改め、同九一頁一行目の「これに参加した」から同二、三行目の「通告しており」まで及び同九二頁末行の「これに参加した」から同九三頁三、四行目の「通告しており、」までを、それぞれ次のとおり改める。

「補助参加人分会名義の文書により、指名スト突入の直前又は直後に、ストライキに入る従業員の氏名及び罷業時間を各職場の上長又は責任者に対して通告しており、また指名ストに参加する各組合員も、ストに入る直前に職場の上長又は責任者に対して口頭でその旨通告することとされていたのであり、」

7  同九二頁六行目の「生じていないこと、」の次に「〈6〉控訴人と補助参加人分会との間には争議行為の予告に関する協定は結ばれておらず、保安協定については、控訴人はこれを必要としないという態度をとっていたこと」を加え、同九五頁の八行目の「確かに、」から同九六頁六、七行目の「予期していたと認められること」までを次のとおり改める。

「病院において直接に患者の治療ないしその補助、投薬等の業務に従事する従業員が、争議行為として平常の右業務を放棄したときは、病院の管理者において、右争議行為により患者の生命・身体の安全を脅かし、その病状に相当の悪影響を及ぼすことのないようにするため、代替要員の確保その他所要の措置をとることに努める必要が生ずる。ところで、労働関係調整法三七条第一項は、公益事業については労働組合に対して争議行為の予告を義務づけているが、これは労働委員会等の行政機関に対するものであって使用者に対するものではないから、同法による通告のみでは、病院管理者側において争議行為の開始が間近かに迫っていることを知らないことがあり得ることとなる。しかし、これでは患者の生命・身体の安全を確保することが困難となり、場合によっては重大な結果を招くことにもなりかねない。このように考えると、患者の治療ないしその補助、投薬の業務に従事する病院の従業員が争議行為としてその日常業務を放棄するに当たっては、管理者に対し、争議行為に入る旨、争議行為の内容及び程度、それが指名ストであるときは参加者の氏名、勤務部署等を事前に通告することが、労働契約における信義則上義務づけられているものと解すべきである。

これを本件についてみると、本件指名スト参加者のうち、当時直接に患者の治療の補助、投薬の業務に従事していた従業員は、主として外来、病棟及び中央処置室(救急室)勤務の看護婦、中央調剤薬局勤務の薬剤師、透析室勤務の技師等であるとみられるが、看護婦については事前に書面による通告がされており(四1(二))、薬剤師については、六日午前一〇時三〇分から同一二時三〇分までの分は直前に、同日午後六時三〇分から九時までの分は事後(同日中)に通告がされ、透析技師については直前に書面による通告がされたこと(前掲乙第五二号証、第七六号証、丙第九号証の一、三、証人江幡百合子の証言)が認められるから、右信義則上の予告義務はほぼ履行されているものということができ、他の指名スト参加者のうち患者の治療の補助、投薬の業務に従事していなかった者については、争議行為の予告に関する協定が結ばれていない以上、予告義務違反を問う余地はないというべきである。

更に、〈1〉前記1(一)のとおり、控訴人は一二月二日頃神労委からの連絡により、補助参加人分会が同月六日以降ストライキを行うであろうことを予期していたこと、〈2〉控訴人と補助参加人分会との間に、争議行為の予告の時期ないし方法に関する協定が締結されていたことは認められず、また、控訴人が保安協定は不要だとの態度をとっていたこと」

8  同九六頁七行目の「〈2〉」を「〈3〉」と、同九行目の「〈3〉」を「〈4〉」と各改め、同九七頁二行目の「原告に対する」から同五行目の末尾までを次のとおり改める。

「補助参加人分会が本件指名ストを行うに当たり、これに参加する組合員の勤務部署のすべてにおいて事前の通告が確実に行われなかったとしても、前記のとおり信義則上の予告義務はほぼ履行されたものとみることができ、また、これによって病院の医療業務に著しい混乱や麻痺がもたらされたとは認められない以上、本件指名ストの正当性はこれによって左右されるものではなく、控訴人の右主張は採用できない。」

9  同一〇四頁四行目の「前記一の(二)に」から同八行目の「ならない。)から」までを次のとおり改める。

「前記2の(一)で述べたとおり、本件指名スト参加者のうち直接に患者の治療の補助、投薬の業務に従事していた者については、信義則上の予告義務がほぼ履行されており、それ以外の者については、予告義務があるとは認められないのであるから、」

10  同一〇五頁七行目の「しかしながら、」から同一〇六頁八行目の末尾までを次のとおり改める。

「労働組合法二七条に定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体交渉権を侵害する使用者の行為を不当労働行為として禁止した同法七条の規定の実効を担保するために、不当労働行為によって生じた状態を労働委員会の命令をもって直接是正することにより、当事者間の正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることを目的とするものである。そして、個々の事案においてどのような是正措置を命ずるかは、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会の裁量に委ねられているのであるが、その裁量権にはおのずから制度の趣旨、目的に由来する一定の制限があり、右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超えるものであるときは、違法性を帯びることもあり得るものと解される。

これを本件についてみると、本件命令によって維持された初審命令の主文第一項は、被申立人である控訴人に対し、控訴人が昭和五七年一二月七日付「警告並びに通告書」(その文面は、前記四1(三)のとおりである。)を交付した補助参加人分会の組合員らに対して、左記内容の文書をそれぞれ交付するよう命じている(以下「本件ポスト・ノーティス」という。)。

「当社団が昭和五七年一二月七日貴殿に交付した「警告並びに通告書」は正当な争議行為を違法視するきわめて不当なものでした。ここに上記通知を撤回します。これにより貴殿を驚かせ、不安にさせ、多大な精神的苦痛を与えたことは誠に申し訳ありません。」

右文言の趣旨は、控訴人と右「警告並びに通告書」を交付された補助参加人分会の組合員との間で、同文書の交付が組合員らの団結権、団体交渉権を侵害し、両者間の正常な労使関係秩序を破壊するものであったことを控訴人に確認させ、同文書の撤回を通知させることにより、破壊された労使関係秩序を回復し、今後同種の行為の再発を防止しようとするものであると認められる。そして、将来同種の不当労働行為に出ないことは、専ら控訴人側の意思にかかることであるから、本件ポスト・ノーティスの実効性を確保するためには、使用者である控訴人において自己のした行為が不当労働行為に該当することを認識し、その不当性を自覚し、将来これを繰り返さないことをみずから決意すると共に、不当労働行為の相手方に対しても、誠意をもってこれを実行する旨を約束することが必要不可欠である。右文中の「誠に申し訳ありません。」の語は、控訴人のこのような認識、自覚及び決意を強調する趣旨で用いられているとみることができる。

控訴人は、右文言は憲法一九条に違反する旨主張するが、右文言の趣旨は右のとおりであって、控訴人(正確には、控訴人内部にあってその意思決定に参与する者)に対し、各個人の倫理的行為としての陳謝、謝罪を強制する趣旨のものとは解されず、また、救済命令の趣旨、目的を超え、報復的、懲罰的な性格を有するものでもない。労働委員会によりその行為を不当労働行為であると判定された使用者が、それが正常な労使関係の秩序を破壊する行為であることについて認識を新たにし、同じ過ちを繰り返さない決意を示すことは、まさに法が要求するところであって、これを思想、良心の自由に対する侵害であるとするのは当たらない。

そうすると、本件ポスト・ノーティスは、控訴人の不当労働行為に伴う是正措置の内容を定めるについての労働委員会の裁量権を逸脱した違法不当のものということはできず、控訴人の主張は採用できない。」

11  同一〇八頁七行目の「あきらめい」を「あきらめない」と改め、同一一〇頁八行目の「認められるから、」から同九行目の末尾までを「認められ、右両名に対する発言のあった当時における被控訴人と補助参加人分会との間の関係悪化の状況(前記三1)に照らすと、伊奈副院長は、このような発言が同分会の組織的混乱や弱体化の効果をもたらすことを十分認識していたものと認めざるを得ない。」と改める。

12  同一一三頁一行目の「もっとも、」から同二行目の末尾までを削除し、同一二七頁八行目の「ありえない旨」の次に「、及び従業員の採用に関しては使用者に完全な裁量権が認められているから、採用の面で不当労働行為制度が適用されることはあり得ない旨」を加え、同九行目の「杉本を嘱託に」を「杉本を、定年退職者を原則として嘱託に採用する取扱いがされているにもかかわらず」と改める。

二  以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井正雄 伊東すみ子 水谷正俊)

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